制服インフォメーション -ゆにめいと- > 【制服学】「京都の高等女学校と女学生」企画展 日本初のセーラー制服(平安高等女学校)に行ってきました
2015年02月17日

【制服学】「京都の高等女学校と女学生」企画展 日本初のセーラー制服(平安高等女学校)に行ってきました

先日、京都市下京区に在る京都市学校歴史博物館に行ってきました。

京都学校歴史博物館01.jpg

主となる目的は3月29日まで行われている企画展「京都の高等女学校と女学生」です。

京都市学校歴史博物館「京都の高等女学校と女学生」.jpg

当然ながら館内は写真撮影禁止ですので文章での感想となりますのでご了承ください。

展示室には明治から昭和初期に至る各高等女学校の生徒さんの授業や様子、記念写真などがパネルとして展示され、貴重な書物なども多く出展されていましたので、歴史を学べる大変有意義な企画展でした。

写真パネルの中でも特に精華高等女学校(現京都精華女子)の集合写真が目を引きました。
昭和6年(1931年)〜 昭和8年(1933年)、和装制服から洋装制服に年を追うごとに変わりゆく生徒の服装が分かり易く見て取れます。

さて、いよいよ本命の平安高等女学校(現平安女学院)の日本初のセーラー服についてです。
と、その前に……。

日本初のセーラー服という事で、制服に御関心のある方ならご存知かと思いますが、平安女学院と福岡女学院の制服のセーラー服発祥校を巡る、どっちが元祖・本家・真打?てな妖怪ウォッチな論争にも触れておかねばならないのです。これについては多くのサイトで語られて居ますのでかなり簡単にご説明しますね。そうなんです、妖怪の仕業なんですよ。。。。

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☆日本初のセーラー服について☆

1980年代当時、大正10年(1921年)制定の福岡女学院のセーラー服が、「日本初のセーラー服」との報道(どこ発信かは分かりません)で全国に周知され既成事実となった。

ところが2007年に制服メーカー「トンボ」の調査で、平安女学院のセーラー服が1年早い大正9年(1920年)に制定されていた事が判明。これにより日本初のセーラー服制服は平安女学院となったわけです。

ところがこの平安女学院のセーラー服は身頃がワンピースタイプ。一方で福岡女学院は上衣とスカートがセパレートになっており、現在の「セーラー服」と呼ばれるタイプに近い物でした、その為、福岡女学院は全国的に知れ渡ったセーラー服の原型は本校であると主張している。

※えっと歴史に疎いのでもし間違ってたらご一報ください(汗)
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☆セーラー服の定義とは☆

とまぁ色々述べましたが、とにもかくにも今の生徒さんにとっては、セーラー服の定義は、「セーラー襟」があれば、胴部やスカートがどんな形状であれ、通称「セーラー服」なんですよね。

当サイトゆにめいとでは、制服における「セーラー服」の定義は、「上着とスカートはセパレートタイプ・上衣の丈が短い・胴部が包まれた形状」の服をさしております。どちらかと言えば福岡女学院の見解寄りになりますね。ですが、正直な気持ちはどちらも正解でいいと思います。(逃げた)

なのでゆにめいとではセーラー服とは別に昨今採用の多いセーラー襟の付いた丈の長いブレザータイプの物をセーラージャケット等と分けて表現しております。

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お待たせしました。企画展の話に戻ります。

☆冬服レプリカ制服と当時の写真パネルを見比べて☆

展示品はパネルによる平安高等女学校の当時の冬服と夏服の写真と共に、セーラー制服の冬服レプリカでした。

※いずれも京都市学校歴史博物館「京都の高等女学校と女学生」紹介ページに画像が載っています。下記リンク先をご参照ください。
http://kyo-gakurehaku.jp/exhibition/h26/1220/index.html

ちなみにこのレプリカの制服は、平安女学院大学有栖館(有栖川宮旧邸)にて保存されていた制服と思われます。有栖館はしばしば特別公開として期間限定で一般に公開されているようですが、そちらではこの冬服に加え、夏服(レプリカ)、昭和52年(1977年)当時のブレザースタイルの制服が展示されていました。

レプリカの制服と当時の冬服写真を見比べた所、セーラー襟が二層になっている点等、ほぼ当時の制服を復元されているように思えましたが、細かな色合いは恐らく紺であろうという点以外に若干気になった所が幾つかありました。

・スカートのプリーツ
・ベルトのバックル
・スカーフの有無
・袖口も二層(インナー生地を折り返してる?)


ちなみにこのレプリカには襟と袖口に明紺のラインが2本入っていますが、2007年のオープンスクールで披露されたレプリカはエンジの3本ラインでした。色については当時の写真から紐解くのは難しいので、実際はエンジでは無く明紺だったのかもしれませんね。それはそうとあのレプリカはいずこへ??

☆夏服レプリカ制服と当時の写真パネルを見比べて☆

スカーフや夏服の色合いについてはこんな感じなのかなっという感じでご容赦ください。一応有栖館に保管されていたレプリカはこのような配色でした。

今回夏服は出展されていなかったのですが、夏服は有栖館にて展示された夏服のレプリカも、スカートや袖口、スカーフに当時の写真とは相違が見受けられます。独立したスカーフではなく、二層の襟カバーの両端が胸元で結ばれる(スカーフ留め?)形になっています。セーラー襟と一体型のネクタイになっている制服も現存しますがそのようなタイプですね。

また、袖丈はレプリカは半袖でしたが、写真を見る限り七分袖ではないかと思われます。とはいえレプリカですので余り細かい事は言えませんね。ちなみに熊本県立八代高等学校の中間服は七分袖のセーラー服です。

というわけで、レプリカではなく、当時の制服写真を基にドット絵を作ってみました。

平安高等女学校日本初セーラー服ドット絵

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☆見学してのまとめー☆

それにしても日本初のセーラー服の制服が実はセーラータイプのワンピースだったというのはなかなか興味深いですよね。現にワンピースは多くの女子校の制服でも採用されてきましたし。セーラー襟ではなくとも全国各地伝統あるお嬢様系女子制服の代表的スタイルであることは否めません。

また、インナーのように見えますが襟の部分で折り返してカバーとなっている点は、時代を考えると意外とおしゃれ、あ、オサレだなぁと感心しました。

というわけで、今回は京都市学校歴史博物館で催されている、「京都の高等女学校と女学生」についてお話させて頂きました。あ、そうそう、別の写真パネルでは上衣がセーラー服にもんぺ姿で授業を受けている女学生の写真もありました。昭和に入っての戦時下では憧れのセーラー服を上下着る事なく卒業されていった生徒さんもいたそうです。このような時代背景も感じることも出来ますし、常設展では京都の小学校の歴史も学べますよ。

京都学校歴史博物館04.jpg

「京都の高等女学校と女学生」
期間 :平成26年12月20日(土)〜平成27年3月29日(日)

京都市学校歴史博物館
〒600-8044  京都府京都市下京区御幸町通仏光寺下る橘町437?
TEL 075-344-1305 / FAX 075-344-1327
http://kyo-gakurehaku.jp/Default.htm
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☆最後の最後に☆

余談ですが正直来館客が殆ど居なかったので、常設館にいらっしゃった学芸員さん(?)と
小一時間ばかり京都市内で進む小中学校の統廃合についてお話を聞かせて頂きました(笑)

この京都市学校歴史博物館も元々は廃校となった旧開智小学校を再利用したものです。
京都学校歴史博物館03.jpg

京都学校歴史博物館02.jpg

校舎内は木造廊下等、懐かしい面影が綺麗に保存されていました。
企画展以降も常設展はされてますので京都にお立ち寄りの際は行かれてみては如何でしょうか?


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posted by 島本伯弥 at 16:44 | Comment(0) | TrackBack(0) | 【制服学】制服研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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